君がいるだけで世界は変わる
andante
いつも通りの朝、部活に向かう。
「おはよー!」
「「おはよー」」
「、なんか元気ないなぁ。何かあったん?」
「え。そんな事ないよ!」
「嫌がらせとかされてないか!?」
「ぷっ…大丈夫だよ!!忍足もがっくんもありがとね!」
「なにかあったらすぐ言えよっ?」
「せや。無理したらアカンで!」
「うん!」
心配、してくれてるんだなぁ…
なんだか2人には申し訳ないけど嬉しくてついつい頬がゆるむ。
実を言うとあの日見た夢の内容がなぜか気になって気になって仕方ない。
だけどちっとも思い出せない。
霧がかったようにその先が見えない。
見た夢を思い出せない、なんてそんなことよくあるのは分かってるけどなぜか不安を覚えた。
部活前..
ツルッ
「おわっ!!」
ガシッ
ボーっと考えごとをしながら歩いていたらテニスボールにつまずいてコケた。
否、コケそうになったところを誰かが受け止めてくれた。
顔を上げると呆れ顔をしていたのは…
「あ、宍戸」
「あのなぁ…なんかお前魂抜けてんぞ?」
「まだ死んでません」
「そういう意味じゃねーよ。…何かあったのか?」
宍戸になら話しても…なぜかそう思った。
真面目に聞いてくれそうだし話しやすい。
「あのさ…最近夢を見るんだ。でも内容を全く思い出せないの。」
「そりゃまぁ…普通よくあることだろ」
「でも凄く大切な事のような気がするんだ。思い出さなきゃいけない、みたいな…」
そうだよ。
もしかしたら記憶に繋がるものかもしれないんだ。
だから早く…
「ふーん…それって今思い出さなくてもいいんじゃねーの?」
「え…」
予想もしていなかった答えに驚いた。
「本当に大切な事なら忘れる訳ねーだろ?無理矢理思い出そうとする必要はねぇし、ほっといても直に思い出すと思うけどな。」
宍戸は私の頭にポン、と手を置いてそう言った。
そっか…
焦る必要はないんだ。
「宍戸…ありがと。なんか元気出た!!」
絡んでいた糸がするりとほどけたように心が一気に軽くなった。
言葉1つで世界は変わる。
「お、おう…また何かあったら言えよ。」
「うん!…あれ、宍戸顔赤いけどもしかして熱ある?」
「なッ!!あ、赤くねぇ!!もとからこういう色だ」
「あれ、そうだっけ…。宍戸の前世はタコかな?」
「お前なぁ!!」
「あはは!!冗談だよ」
さっきよりも顔を真っ赤にして怒る宍戸を見てしばらく笑いが止まらなかった。
そうだ、家に帰ったら景吾に話そう。
うん。今日のネタはこれで決まりだ。
「さて、そろそろ戻んねーと跡部に怒られんぞ」
「そだね。よし、頑張れ宍戸!」
「お前もだろ」
「あはは。そうだった!」
・
・
・
「…でね!宍戸がゆでダコみたいで面白かったんだよ!!」
「遅刻の理由はそれか」
「う…ごめん。」
あの後急いで戻ったんだけど結局遅刻してしまって景吾に怒られた。
宍戸に悪いことしちゃったなぁ…
「まぁいい。…で、その夢ってのはこの間のか」
「うん。なんで思い出せないんだろうねー…。私思ったんだ。記憶に繋がる事なんじゃないかって。」
「…まぁ無理に思い出す必要ないだろ」
「うん。焦らなくてもいいって事が分かった!」
「そうか」
フッと笑って私の頭をくしゃりと撫でた景吾はなぜか酷く安心したかのような表情だった。
…こんな顔されたらなんだか胸が締めつけられる。
「もし記憶が戻ったって景吾は私のお兄ちゃんだよ。絶対1人にしないよ。」
少しでも不安を拭えるように、景吾の服の裾を握って精一杯伝えた。
「クックック…。バーカ。」
何がツボに入ったんだか分からないけど、驚いたように私を見た後急に笑い出した。
ああ、景吾ってこんな笑い方もするんだ…。
気取ったような笑みより全然いい。
「ま、真面目に言ったのに!!バカ!!」
「すまねぇな。言ったからには離れんなよ?」
「任せとけ!」
こんなに幸せなら、記憶が戻らなくたっていいかもしれない。
そんな愚かな考えはすぐに打ち砕かれる。