何が足りないんだろうか。
maestoso
「歓迎会?」
それは澄み切った青い空の下洗ったばかりの洗濯物をぱん、と広げて干している最中に告げられた。
「そ!なんだかんだで皆予定合わなくてやってなかっただろ?」
「ちゅー訳で今日の部活後は皆で跡部んちな。」
どうやらマネージャー、もとい私の歓迎会をしてくれるらしい。
ああ、そういえば最近皆の予定聞いて回ってたもんなぁ。
「わざわざありがとう。楽しみ!!」
にこりと微笑むと忍足とがっくんは顔を見合わせて嬉しそうに笑い、じゃあ後でな!と去って行った。
今日の食卓は賑やかになりそうだ。
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「ったく、相変わらずでけー家だよなー」
「ホンマ無駄にでかいわ」
「うるせぇ。無駄口叩いてねぇでさっさと中に入れ!」
今日はいつにも増して豪華な食事だった。バイキング式になっていて量もハンパない。
「あ、馬鹿!ジローその肉俺の!!」
「早いもん勝ちだC〜!」
「取り合わなくてもこっちにまだあるだろ!激ダサだな。」
遠慮なしにガツガツと食べるレギュラー陣は見てるだけで胸やけしそう…さすが成長期の男の子。
皆でわいわいと騒いでる中ぽつんとした影を見つけた。
日吉君、だったかな。
そういえば彼とはあまり話した事がない。
他のレギュラー陣と会話をしているのもあまり見たことがないし…仲良くなりたいので話かけてみることにした。
「日吉君、 食べてる?」
「ああ…はい。」
素っ気ない返事。
「今日は来てくれてありがと!ごめんね…無理矢理連れてこられたんじゃない?」
「まぁそうですけど…もう慣れました。」
おまけに無愛想。
「えー…っと…あ、慣れたってことはいつもどこか行くときは強制なの?」
「ええ。悪あがきするだけ無駄ですよ。そんな暇があったら練習したいぐらいですがね。」
「あぁ…想像つくなぁ。でもたまには息抜きしなきゃ!せっかくだし楽しまなきゃ損だよ!」
だから皆の所に行こう?と手を差し伸べた。けれどその手はいとも簡単にパァン、と祓われた。
「…余計なお世話です。ほっといて下さい。」
日吉君はそう言うとスタスタとどこかへ行ってしまった。
「うぅ…嫌われてるのかな…。」
流石にショックを受けて祓われた手を見るとじわりと涙が溢れてきた。
何かしたっけ私…。
「ーーーーー!!!!!!」
「うわっ!?」
いきなり激しい勢いでガバッと抱きつかれバランスを崩して倒れそうになった瞬間、ぽすんと何かに包まれた。
「勢い良すぎですよジロー先輩。先輩大丈夫ですか?」
上から降ってくる声。
寄りかかったまま見上げると苦笑しながらジロちゃんを宥める鳳君。
ごめん!と慌てて鳳君の腕の中から抜けると全然構いませんよ。とにっこり微笑まれた。
いい子だ…鳳君にはいつも癒やされる。
「ごめんね〜。だって日吉酷いC!!」
「日吉も相変わらずですね…。」
「み、見てたの!?」
「はい。ばっちり。」
あんな場面を見られていたとは…情けない。
「あはは…なんか私嫌われてるみたいでさ。」
「それは違いますよ先輩!日吉は誰に対してもあんな感じなんです。」
「日吉はねぇ、必死なんだよきっと。」
私に抱きついたままジロちゃんはゆったりとした口調で続ける。
「跡部を越したいっていっぱいいっぱい頑張って練習してるんだけど、気持ちだけ先走ってて技術が追いついてないんだC」
耳元で聞こえる声はどこか優しげだった。
「…よく見てるんだねジロちゃん」
「へへ、そう?」
驚いた。いっつも寝てばっかりだけど皆の事をよく観察して理解しようとしてる。
それに比べて私は…自分の事ばかりだ。
「ジロちゃん、鳳君、ありがとう。私日吉君のとこ行ってくる!!」
絶対仲良くなってみせる!
2人の返事を待たずに駆け出した。
「も辛いだろうけど…」
「え?何か言いましたか先輩。」
「なんでもないC!あ、俺あれ食べたいっ!」
「わ、引っ張らないで下さいよ先輩!!」
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「はぁ…」
やってしまった。
これじゃただの八つ当たりだ。大人気ない。
バルコニーの壁にずるずると寄りかかって座り込み、空を見上げると吸い込まれそうな暗闇にぽつりぽつりと輝く星が綺麗に見える。
この場所は気に入っていて跡部部長の家で何か催されるたびに抜け出しては一人でここに来ていた。
最近何もかも上手くいかなくてムシャクシャする。
こんな所でゆっくりしてる暇じゃないっていうのに。
ふいにカタン、と音がした。振り返ってみるとなぜか片手にケーキが乗った皿を持った先輩
「日吉君!ケーキ食べない!?」
「…は?」
「ほら、あんまり食べてなかったし疲れてる時は甘い物がいいって言うし!」
あれだけ冷たくしたのになんでこの人は…
「…ほっといて下さいって言ったじゃむぐっ!」
台詞の途中で何かを口に押し込まれた。途端にとろけるような甘さが口内に広がる。
「それミルクチョコ!美味しいでしょ?」
どうやらケーキの上に乗っていたチョコレートだったらしい。
デコレーションが乏しくなったケーキを片手ににこにこしながら俺の隣にすとんと腰を下ろす。
「…なんなんですか貴方は…」
予想外の行動ばかりに呆然として怒る気も失せてしまった。
「日吉君と仲良くなりたいなぁと思って。」
「…どうしてですか。」
「うーん…あのね、一生懸命練習するのは大事だし偉いと思う。けど、そればっかりじゃ疲れちゃわない?」
「……」
図星、だった。
分かってる。分かってるけどひたすら練習を積むしかないだろう。
「レギュラーの皆だってライバルである前に一緒に戦う仲間なんだよ?皆手を差し伸べてくれてるんだから、しっかり握らなきゃ。」
「…そんな甘い考えじゃ跡部部長に勝てませんよ。」
「そうかな?でもどっちにしろ今のままじゃ勝てないと思うよ。っと」
立ち上がってスッと手を差し伸べる先輩。
「だからさ、仲良くなろ!」
…ここまでされたら俺の負けだ。
差し伸べられた手をギュッと握って立ち上がった。
「…分かりましたよ。跡部部長でもいじりに行きますか。」
「…うん!」
手を繋いだまま部屋に入ると先輩達が「あ!!自分ら何手ぇ繋いどんねん!!」とか「ぬけがけかよ〜」とギャアギャアとつっかかってきた。
『仲良くなろ!』
自分に何が足らないか分かった気がした。
ようこそ先輩。
これからよろしくお願いします。